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「俺が最後のTVスターになってやる」--チョコプラ松尾&シソンヌじろう、「金ナシ」同居生活からの逆襲

IKKOや坂上忍のものまねで注目を浴び、メディアを問わない活躍を見せるチョコレートプラネット・松尾駿(39)。架空の40代独身女性・川嶋佳子といった強烈なキャラクターを生み出し、コントだけでなくドラマや演劇の世界でも存在感を示すシソンヌ・じろう(43)。NSC東京校の同期であり、ブレーク前夜には3年ほど同居するなど浅からぬ縁のあるふたり。今年はコントユニット・チョコンヌとして「キングオブコント」にも出場した。給料日に所持金60円という「金ナシ」時代など、苦楽をともにしたからこそ語れる若き日のしんどさ、そしてあえて「TVスター」を目指す今後の展望などを聞いた。(取材・文:鈴木旭/撮影:栃久保誠/編集:水上歩美(ノオト)/Yahoo!ニュース オリジナル RED Chair編集部)

「長田くんと組めば?」チョコプラ結成の陰にシソンヌあり

幼い頃からテレビが大好きだった松尾は、メディア系の専門学校に進学後、お笑いの世界に飛び込むため22歳で上京。じろうは関西の短大に進学後、役者を目指して東京へ。劇団での活動に限界を感じ、26歳で芸人の道に転向した。2人の出会いは、NSC東京校に入学した2005年のことだ。

松尾:どうやって仲良くなったっけ? じろう:NSCで夏の合宿があったじゃん。当時、あんまり友だちいなかったでしょ?

松尾:ぜんぜんいなかった。シソンヌは2人とも俺より4つ年上で、NSC生の中で年長のほうだったよね。今はじろうくんって呼んでるけど、最初は「大河原さん」だった。その上でいったらもうエド(・はるみ)さんしかいなかったもんね。

じろう:おじさんだったよ、26の人なんてほとんどいなかった。みんな高卒、大卒だから「(僕が)お兄ちゃんじゃなきゃいけないな」っていうのもあった。自分も田舎っぺだったし、18歳、19歳で東京に出てきて芸人やるって、さぞ不安だろうなと思ったから。

松尾:そう、俺がまさにそれ。合宿のバスがピン芸人の生徒で固められてて、そこにじろうくんもいたんだよ。たしか泊まった部屋も一緒で、その時にじろうくんが「コンビ組もうと思ってる人がいる」ってマッド(長谷川忍、シソンヌ・じろうの現相方)を紹介してくれたの。

じろう:まっちゃんが(長田)庄平と組もうってなったのはいつ頃だっけ?

松尾:NSC卒業間近の12月。何かの授業でやるコントの練習をしてる時に、じろうくんが「長田くんと組めば?」って言ったの。そしたら同じ日の夜に、今度はマッドから「長田くんと組めよ」って言われて。多少気になってたから、すぐ長田さんに「組まない?」って電話したの。

じろう:その時、庄平ピンだった? あいつ、いろんなヤツと組んでたもんな。

松尾:最初は「金歯銀歯」ってコンビ。その後、「スリーポイント」っていうトリオ。どっちもめちゃくちゃつまんなかった。在学中の長田さん、ネタぜんぜん面白くなかったよね。なんで長田さんがいいと思ったの?

じろう:ぜんぜん覚えてない。授業で2人が即興コントやってるのを見て、「組めばいいのに」って思ったんじゃないかな。

松尾:たぶん、シソンヌがいなかったら組んでなかった。当時、俺の唯一の友だちだった肥後(元相方)が長田さんと組みたがってたから。それって友だちが好きな女の子と付き合うようなもんじゃん? だから、本当に申し訳ないと思いながら組んだんだよね。


金持ってない時の記憶ほど楽しいし、覚えてる

2011年、芸歴6年目で売れない日々が続くなか、2人は東京・幡ケ谷にある家賃16万円の一軒家で同居を始める。ジャングルポケット・太田博久と近藤裕希(パンサー・向井慧の幼なじみで元相方。現在は引退)を加えた4人でのルームシェア。共同生活は楽しかったが、しのぎを削るお笑いの世界。盟友であり、ライバルだからこその苦悩もあった。

じろう:シソンヌってNSC内では優等生だったじゃん。ただ、卒業してヨシモト∞ホールのオーディション行くと、「27歳はちょっとねぇ」みたいに言われてさ。オリエンタルラジオさんがMCやってたから、後輩で年上だとさばきづらいだろうしね。吉本まわりのオーディションでも、だいたい年齢のこと言われて落とされたよ。あの時はしんどかった。

松尾:それ知らなかったな。じろうくん、お父さんからけっこう仕送りもらってたよね。隠語で「お父さんチャンス!」とか言ってた気がする。

じろう:あったかも(笑)。親にうそついて金もらって、パチンコに使ったり一緒に飯食ったりしてた。

松尾:同期の間で、「パチンコで勝ったらしい」とか「給料よかったらしい」みたいな情報がすぐ回るから、しょっちゅう貸し借りしてたじゃん。じろうくんがお金持ってる時におごってくれたのもめちゃくちゃ覚えてる。

じろう:みんなで大きい財布を持ってる感じだったね。やっぱ金持ってない時の記憶ほど楽しいし、覚えてる。給料日に所持金60円とかになってたからね、パチンコで全部使っちゃって。 松尾:(すでに売れていた)太田の部屋にあったゲームソフトを勝手に売ったこともあったもんね。仕事もなくバイトもせずに家にいて、「腹減ったぁ~」とか言うんだけど2人とも金がない。そんな時に太田がやらないゲームがあるの思い出して、「あれ売っちゃおうぜ」って。

じろう:当時、僕は中古ゲームやったり売ったりするの大好きだったから、しっかり相場も調べてね。

松尾:「下北が一番高く売れる!」とか言って、1時間弱ぐらいかけて歩いて売りに行った。あの日は2人でたらふく食って飲んで帰った気がする。最高だったな。売れてる先輩が「金なかった時が一番楽しかった」っていうの聞いて俺、「うそつけ! 格好つけやがって」と思ってたけど、最近なんとなくわかる。


楽しすぎる同居、このままだとダメだと思った

じろう:ずっとそんな感じだったから、ジャンポケとチョコプラがレギュラーの『パワー☆プリン』(TBS系、2011年10月~13年8月)を一緒に見るのがしんどかった。もう太田はライブやバラエティーで人気だったけど、少し前まで一緒に貧乏してたまっちゃんも飯食えるようになってさ。「あ、まっちゃんも先に行っちゃった」って、ちょっと苦しかった。

松尾:そっかぁ、本当申し訳ない。配慮なく、部屋で番組チェックしてたもんね。何年住んだ? 一緒に。3年住んで、俺が言い出したのか。やめようって。 じろう:居心地よかったから、なんでこんな楽しいのにって思った記憶はある。だし、家賃安く済んでたからさ。僕は2万5千円かな? 近ちゃんと5万円を割ってたの。

松尾:楽し過ぎるから、このままだとダメだと思った。ほかの人と遊ばなくなっちゃうんだよね。

じろう:すぐ家に帰ってきてたもんね。帰ったら誰かいるし、そこが一番楽しいし。 松尾:当時の彼女と遊びに行くのも嫌だったの。自分がいない時に「3人で面白いことしてんじゃないかな」と思って。それこそIKKOさんのモノマネはあの家で生まれてるからね。でも、最初に家見つけて出てったのじろうくんだったよね。

じろう:当時、僕も彼女ができて、「なんとかこいつらいないトコで会いたい」って真っ先に借りたのは覚えてる。ジメッとした携帯の電波も入らない家。でも、その後も週5ぐらいで会ってたよね。


こんなみすぼらしいヤツが優勝できた

2013年、ルームシェアを解消して松尾が新居へ移ろうとした矢先にレギュラー番組『パワー☆プリン』が終了。チョコプラは再出発を余儀なくされ、ネタ作りとライブに明け暮れた。シソンヌも演出にこだわった「シソンヌライブ」をスタートさせ、役者として演劇の舞台に立つなど活動の幅を広げていく。

こうした努力が実り、「キングオブコント2014」ではシソンヌが優勝、チョコプラが準優勝を果たす。

松尾:チョコンヌライブっていうのをずっと一緒にやってきて、まずは「2組とも決勝に行けた!」となった瞬間がたまらなかったね。

じろう:決勝進出10組が発表された時、3、4組目にチョコプラが呼ばれて。僕らは9組目まで呼ばれなかったから、長谷川さんと「今年もダメだったな」って話してたの。そしたら、最後に呼ばれた。チョコプラが待つステージに上がっていく時の画は鮮明に覚えてる。

松尾:で、2014年のキングオブコント決勝当日。あれ、伝説の日だよ。

じろう:いろんなものが詰まってたからな、あの一日に。

松尾:俺らはファイナルステージのトップバッターで、3組続けて勝って最後にぶつかったのがシソンヌ。チョコンヌの2組が残って、ゆにばーすの川瀬名人は「オリンピックで羽生くん見た以上に震えた」って言ってたもん。シソンヌの1 発目のボケ、何だっけ?

じろう:「よさそうな人」。このツカミがドーンってウケた。その瞬間、ネタやりながら「優勝した!」って思ったもん。

松尾:俺も「負けた」って思った。そっから残り3分半くらい「どうしたらエンディングで俺がいい人に映るか」って考えてたからね(笑)。結果発表の前にCMが入って、松本(人志)さん、チョコプラ、シソンヌ、浜田(雅功)さんが並んだんだよね。

じろう:CM中に(松尾が)モニター見ながら、「じろうくん見てよ。ダウンタウンさんに俺たち挟まれてるよ」って言ってきたね。

松尾:そういうのも含めて、あの日は伝説だった。結果はシソンヌが優勝。帰りも一緒だったよね。打ち上げが全部終わったのが深夜2時過ぎぐらいで、そっから「ちょっと2人で行こうか?」って。 じろう:しかも台風が来てる日の夜中。ビニール傘さして、2人で笹塚のデニーズに行ってな。

松尾:俺、ビール1杯ぐらい飲んで帰った気がする。じろうくんが前に座って、後ろでバーッて雨が降ってるトコまでしか覚えてない。

じろう:まっちゃんと別れた後、すげぇ強風に吹かれながら1人でビニール傘さしてる時に「こんな貧乏なのに優勝したんだなぁ」って思った。真っ暗な道で、「こんなみすぼらしいヤツが優勝できたんだ」って。

その後、じろうは『LIFE!』(NHK総合)に出演。黄金原聡子といった特徴的なキャラクターを生み出し、広く実力が認められていく。松尾はIKKOのものまねで脚光を浴び、バラエティーで引っ張りだこになった。「ネタだけじゃなく、いろんなことやっていいんだ」と気づき、本来の持ち味が萌芽した。


お昼の番組MCがスーパースターだと思ってる

今年から冠番組『チョコプラCUP』(テレビ朝日系・ABEMA)もスタートし、さらに勢いを増すチョコプラ。シソンヌは多くのコメディー作品で人気を博す福田雄一演出の舞台『モンティ・パイソンのSPAMALOT』に出演するなど独自路線をひた走る。「キングオブコント2021」では、2組のコントユニット"チョコンヌ"で出場し話題となった。

じろう:現状には十分満足してる。あえて目標を立てるとしたら、『志村けんのだいじょうぶだぁ』(フジテレビ系)みたいな番組やりたいね、チョコプラと一緒に。

松尾:シソンヌは間違いなく面白いから、コント番組やるのは時間の問題。あとは、どの局が最初にやるかって感じだと思う。ここから絶対にシソンヌが天下取れる時が来るよ。

じろう:志村けんさんみたいに偉大なコメディアンにはなれないけど、ザ・ドリフターズや志村さんのコントを見てきたからね。番組にならなかったとしても、いつか明治座で公演打ったり、ライブツアーとかやりたい。『8時だョ!全員集合』(TBS系)みたいなのもいいね、お客さん入れてさ。

松尾:やりたい。旬の女優さん1人呼んで、地方で公開収録するみたいなね。

じろう:うた歌ってな(笑)。そうだ、本気で歌出したいと思ってさ。昔のビートたけしさんの映像見ると、ちゃんとマジメに歌ってるのよ。とんねるずさん、ダウンタウンさん、ウッチャンナンチャンさんも、みんな歌やってるしね。本気で芸人が歌ってるの格好いいなと思ってさ。

松尾:"おもしろソング"とかじゃなくて、ちゃんとした人に曲作ってもらってね。 じろう:若手のユニットじゃなくて、あそこまで売れ切ってる人がやるのがいい。だから、目標はチョコンヌでドリフみたいなことやって、うたを歌う(笑)。

松尾:コントやる「純烈」みたいなことだよね(笑)。俺はTVスターになりたい。「ネットでバズった」とか言うけど、まだまだテレビのほうが面白いよ。何年後になるかわかんないけど、お昼の帯番組やりたいんだよね。俺はお昼の番組MCがスーパースターだと思ってるから。

じろう:でもあるんじゃない? このまま続けてたら。

松尾:芸人になる前に"天下取りたい"って言う人多いけど、俺は最近になって「ダウンタウンさん、ウッチャンナンチャンさんになりたい」って考えるようになったの。この先、テレビがネットに凌駕されるとか言うけど、「だったら俺が最後のTVスターになってやる」って思うんだよね。
チョコレートプラネット・松尾駿
1982年生まれ、神奈川県足柄下郡箱根町出身。2006年、NSC東京校の同期・長田庄平とコンビ結成。2018年にIKKOのものまねでブレークし、その後TT兄弟やYouTube動画でもヒットを連発。現在、冠番組『チョコプラCUP』(テレビ朝日系・ABEMA)をはじめ、レギュラー番組多数。

シソンヌ・じろう
1978年生まれ、青森県弘前市出身。2006年、NSC東京校の同期・長谷川忍とコンビ結成。2013年より演出にこだわった「シソンヌライブ」を開催し好評を博す。「キングオブコント2014」王者。現在、バラエティーや舞台の出演だけでなく、ドラマの脚本を手掛けるなど活動の幅を広げている。

【RED Chair+】
2人の本音に迫る『RED Chair+』。家族、戦友、ライバル、師弟など、この関係だからこそ語れることに踏み込みます。

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